彼女はよく笑う子だった。
休み時間は絶えず人と話して笑い転げていたし、授業中だろうと楽しいことがあれば声を上げないように堪えながら震えていた。その笑いのつぼを完全に理解できる者はいなかったが取り敢えず彼女が笑いだしたら取り敢えず面白いのだろうと周りも了承した。
その満面の笑みが僕は好きだった。
彼女が自分の気に入っている教師の授業の時は笑い転げなくても笑顔でいることに気付いたのは、今から思うと僕が彼女を常に目で追いかけていたからだった。その後生徒の中にもお気に入りがいて、その人を見つけると彼女の顔に笑顔が広がることを発見した。そしてその中には僕も含まれていた。
そのことが分かったしばらく後、僕は彼女に告白した。断られるとは思っていなかった。
彼女は顔を上げてぱっと笑った後、困ったように目を伏せた。
「私、変わってるって言われるんだけど、それでも良い?」
「君の傍に居れたらそれでいいよ。」
僕らは付き合うことになった。
彼女はとても幸せそうに笑った。
その週の週末デートをすることになった。僕は化粧が好きか嫌いか訊かれ、見たことが無いので見てみたいと言った。宣言通り彼女は薄く化粧をしていて、普段とは違う軽い色合いのワンピースでめかし込んで顔が隠れるほどの大きなつばの白い帽子を被っていた。
「手を繋いでも良い?」
僕は確認を取ると手を取った。彼女は指を絡めてきた。
何となく違和感はあった。
彼女は俯き加減のまま僕のやや後ろを歩いていた。
違和感の正体はすぐに分かった。笑っていないのだ。
普段あんなに笑い上戸の彼女が気に入った物や面白い話に口の端を歪める程度で、声をあげて笑うことも満面の笑みも見せようとしない。
僕は居心地が悪かった。
嫌われているのかとも思ったが手をしっかり握って来る所を見るとそうでもないらしい。
波止場で沈む夕日を見ている彼女の横顔を僕はじっとみていた。
「幻滅した?」
無表情の、笑っていない彼女が此方を向かないまま聞いていた。
肯定すれば彼女を傷つけることになるのだろう。
「そんなことないよ。」
「みんな言うの。いつも笑ってる君の笑顔が好きだって。でもずっと一緒に居て笑い続けることは出来ないわ。笑わない時もあるもの。」
それはそうだろうが今日一日の仕打ちは無いのではないだろうか。数えるほどしか笑っていない。
「普段は無理して笑ってるの?」
「そうでもないけど。笑い続けたい気分になるの。そういうテンションなの。」
そう言えば今日はずいぶんテンションが低い。おかげで僕は随分と居心地の悪い思いをした。
「今日はとても楽しかったわ。本当に。」
そういって彼女は滲み出る様な自然な笑顔を僕に向ける。教室での笑い方とは違う笑いだった。
「ありがとう。」
彼女は僕に何かを言わせる間もなく走って行ってしまった。
月曜に学校であった時なんと言おうか、それとも今すぐメールをした方が良いのだろうな、と僕は寂しくなった手を風が通り抜けるのを感じながら考えていた。
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